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昭和54年 3月22日 朝の御理解
御理解 第7節 『天地金乃神は昔からある神ぞ途中で出来た神でなし天地は流行る事なし
流行る事なければ終りもなし天地日月の心になる事肝要なり信心はせぬでもおかげはやってある』
信心は極めると言うことは真理を極める。より本当な事を求めていく、ということ、と思うんですけども、昨日、研修の時にその事を話させてもらったんですけども。本当に、どういう素晴らしい宗教家でも結局、真理そしてそれを、もうこれは絶対のものだ、と言うておるのを、ま、大真理というふうに申します。
今、合楽で教祖金光大神の御信心をより本当なものに、より深く、より広く、と言うて、この追求しておかげを頂いておるのですけども。合楽で言っておる事は真理にまちがいはないけれども超真理だ、というふうに話を昨日した事でした、ね。超真理なんです。
例えば常識とか道徳とか、と言うけれども、それも合楽の場合は超常識であり超道徳である。
だから見方によっては、その常識でも非常識かに見えるような場合がある。道徳でも不道徳かに見えるような教えもあるわけです、ね。
もう私共はそういう本当に人非人、合楽の大坪は人非人だ、と、まあ罵倒された時代もございました。だから本当に私は人非人だ、と自分でも思うておった、ね。けれども私の人非人というのは、ね。人にあらずという、もうあん奴は人間じゃない、という意味じゃなくて、人間から神様へ変わって行ってる状態を、まあ人非人と私は言われながらそう思うてきた、ね。
金光大神はどこまでも生神をめざす、と言われるのだから、もう絶対これは超常識であり、超道徳であり、ね。やはり超人非人だ、という事になります。ね、人は成程見た目には非常識に見える、非道徳にみえるですから超人非人だ、と悪口を言われねばならないようなふうに見えますけども、その実、こちらとしてはそうどこじゃない、ね。普通人間が言う、あれはもう人間じゃない、人間の面かぶっとるだけだと、もう本当に犬猫に、おとり果てたと言う時に使うのですけども。私は勿論人間の姿こそしておるけども、あの人の心はそれこを仏様じゃろか神様じゃろか、と言うように変わっていく事だ、と私は信じておりますからね。ま、教祖様が生神を目指すと、皆もこのようなおかげが受けられるとおっしゃる。それを私共は日々稽古しておるわけでございます、ね。
だから成程宗教以前の宗教とか、前代未聞とか、と言うね。それこそ開闢依頼の言うならば宗教であり教えを教祖金光大神は、例えば教えておられますけども。今日の御理解第7節のところを頂きましてもです「日月の心になること肝要だ」と言う、み教えなんかは先ず、ね。私は過去の宗教家が説きえなかったと思うですね。それこそ天の心は例えばキリストが説いた。お釈迦様は地の大地を穢れたものとして穢土として見られた、と言うように昨日から頂くようにやはり片手落なもの、そこから生まれた本当なこと、というのを、ま、普通真理と言うたり、ま、大真理と言うてもよいかも知れんけれども。その大真理をはるかに越えたもの。それを私は超真理だと、そこでどういう事になってくるかと言うと。
昨日、西日本新聞の、あの、何ですかね、運命判断ですかね、あれが出てますよね。寅年のところに高橋さん何ち、・・・。もう此頃あれが読めないんです。それで高橋さんに読んでもらうんですけども、どう書いてあるか、と言うと「人が助かることのためならば一芝居打つもよし」と書いてあるんです。人が助かることならば一芝居打つもよし、ね。言うならばお釈迦様は“嘘も方便”というふうに教えられたわけですね。ところが私共の場合は嘘を言わんでもよい、ね。自分で演出しなくても、自分でお芝居しなくっても神様がちゃあんと、ね。何と申しますかね。嘘から出た真といったような事を言うが神様が、んなら嘘をおっしゃるような場合もある、ね。
かと言うてまた神様が演出してくださってあるんだな、神様が芝居打って下さってあるんだな、と。こう思わずにおられない日々の中にお互い生活させて頂いとる。私がその一番実感者だと思うんです日々ね。それも神様がより力を与えたい、よりお徳を与えたい、おかげを与えたい、という御演出の外にないのです。さあ、今日は親戚の誰彼が亡くなった、ね。近所に居る親戚の者を誘い連れのうてお悔みに行け、とおっしゃる。親類の人達が連れのうて、その言われた通りの所へお悔みにおい出られる。当の御本人が出て見えた、とこう言うのです、ね。神様の嘘おっしゃる事がわかるです。私共も、親先生が右ち言いなさったばってん左じゃった、というような事が、ずい分あると思うです。
だから、それをね。神様の嘘と思うたらおかげにならんです、ね。神様がより力を与えて下さろうとより言うならばおかげを下さろう、徳を下さろう、とする働き以外にはない、と、わからせて頂いた時にです、ね。戻しの風は十僧倍、というようなおかげになってくるのです。皆さん、この辺のところを本当に、いっちょわからにゃいかんです。金光様の信心は、ね。それを本当にまともから有難し、神様の言うならば仰せ通りに仕ります、という行き方を身につけていって初めて、ね。力が受けられる、徳が受けられる、と思うです。
他の宗教はそういう私は他の宗教ハ勉強しとりませんから知りませんけれども、ないだろう。
神様がうそをおっしゃるような事はないだろうと思うです、ね。私共、特に合楽に御縁を頂いてる方達はそれを実感する。成程、神様が書き下ろされたところの筋書きというものが、ね。御演出の中に私共は日々あるなあ、とこういう事です。夕べ若先生達が宮崎から帰ってきましたのは丁度1時でした。帰って、いろいろお話しを。3日間滞在しておりましたから、もうその3日間の間のも神様の御演出と言うか・も、それはそれはもう何とも言えんお働きの中におかげを頂いた。
網さんの御親戚の中に、言うなら、もの言い神と言いますかね、ま、やりての人がおられて、お前どんが金光さん金光さんばっかり言うてこんな事になったじゃないか、と言うような、もう、言うような事を言われ方があったらしい。けれどもその人達にでもです。神様がわからせずにおかん、という働きがずうっと。
もう帰りには、も、それこそ感動、言うならば告別式であるのに感動、喜びいっぱいの御親戚の方達見た事がない。子供さん達に至るまで、みんな。とにかく百万円の告別式だったそうです。
それを若先生が若先生がというよりも合楽でいつも特約しておる、田主丸でしょうか、葬儀屋さんに話したところが宮崎に私の特別に懇意のそういう者がおるから、そちらへ紹介して、という事だったそうですから、そこに紹介してもらった。病院からも紹介してもらった。とにかく4軒から葬儀屋は、ここがえゝ、ここがえゝと言われたのが、その田主丸から、後でわかった事ですけども、田主丸から紹介してもらった、それだったそうです。それで金額の百万だったのが五十万にされたそうです。そりゃ大した葬儀だった、という事です。
あちらの家は大変古い家だそうですけども、もう、とにかく古い家とか穢い家とか、とにかく言うなら演出ですよね。丁度舞台装置なんです。もう、それからもう、これは秋永先生達が一時間以上早く帰ってまいりまして話しておりましたが、とにかく若先生のそのお祝詞の素晴らしかったこと、また帰って来た先生方が言ってましたが、とにかく田中恵美子先生と秋永先生の弔辞の素晴らしいかったこと。もう、その万事万端の上に、それこそ、もう本当に神様の筋書通りの事で三日間終わらせて頂いた。すぐ、あの平和の塔がある前に黒木日出子さんがおられますから、此頃新築したばっかりの、もう、それこそ、お神様なんかでも、これから合楽に新しくお祭りするなら、あゝいう神様を、と、ま、ここで一から十までおかげを頂かれて建てられました、お家ではあるし御神前ですが、そちらに先生方五人は三日間お世話になる。もうそれこそ一家中の者があげて、それこそお客さん扱いを受けて、ま、帰らせて頂いた。御信者さん方は佐田電器の方へおかげ、お世話になった。も、とにかく宮崎中の合楽の信者さん達が、もう打って一丸となって、そのチームワークの取れているのには、もう驚いてしもうた、と、ね。
例えば久留米市内というわけじゃないですね。宮崎の方達と言うと延岡、高鍋、宮崎、ね。それに日向と言うように、ね。それが、なら久留米と福岡、福岡と大分と言うように離れたような町からみんな集まって来てるんですよね、宮崎の方へ。それでも、よう、こんなに御用が出来るものだ、と、思うようなチームワークの取れた、も本当に言うならば佐田さんの所へ中村さんと言うて稲垣さんの御姉妹の方が電話をかけて見えた、と言う。もう、そのお夢なんかでも、もうお夢の通りだったそうです、ね。
十三日会の時に頂いておられた。言うなら支部長さんの奥さんが亡くなられた、お棺がある。どこの支部長さんの奥さんじゃろうか、と思うて開けて見たら中には久留米の支部長の奥さんであるところの佐田恵美子さんが入っておられた。どういう事だろうか、と言うて、ま、佐田さんに電話がかかって来たと言う、ね。今申します佐田という事は合楽的という事でしょう。恵美子と言うのは、もう美しく恵まれると書いてある。そういう合楽的なんです、ね。大体合楽的と言うよりも今日の御理解で言うなら
本当に天地日月の心になる事肝要だ、と言う生き方を身につけておる者にだけしか表われない、と思うような状態が三日間続いた。もう第一、天候のことなんかは、あちらでは昨日はもう一時間位前までは、もう、どしゃぶりに、で、なかったらずーうっと雨がふり続けておった、と。あゝこれはもういよいよ真っ暗になってどげるふるじゃろか、と思いよったところが宮崎の市内ではね、北の方から晴れる、ということは絶対ないそうですね。それに黒い雲が北の方から、ずーっと晴れ上がっていく時の様子、というものは、も、本当にそこに生きた神様を感じずにはおれなかった、と言ってます、ね。そりゃ沢山の会葬者ですから、もう御親戚の方でお家がいっぱい、ね。それこそ宮崎の知名の方達が沢山見えておった、という事でございますが、それはね例えばパラパラでもおしめりがあったら、それこそ、ま、困った事になるでしょうけれども神様の働きと言わなければおれない。いわゆる神様の素晴らしい御演出の中にです、ね。もう、それこそ感動いっぱいで三日間の遷霊式、それから翌日の密葬そして、その翌る日の告別式、というのが、もう本当に何て言うですかね。も前々計画が勿論してあったかのようにと言うけども。天地の親神様の御計画通りの事になって終わった、と言うのです。
ま、これは、なら合楽の場合、様々な行事の時にそれを皆さん感じられるでしょう。それがです、言うならば人を助ける事のためには一芝居打つもよし、これは人間心でね。人間が嘘を言い人間が芝居をしてでも助かる事のためにはよいと言われるが、合楽の場合には神様が嘘を言うて下さり神様が御演出をして下さる、と言うそのお芝居の筋書の中に私共、日々ある、という事をです、ね。思い頂かせて頂くという事が、天地日月の心になる事肝要と言われる、そういう、いわゆる合楽理念をもってする日々でなからなければ、それを実感する事は出来ない、と私は思うのです、ね。
そりゃ成程、苦しい事もある、悲しいこと、それこそ人が死ぬると言うのですから、ね。肉親として、こんなに悲しい事はないのです。告別式中に娘さんが気絶された。それも佐田さんの、いわゆるお夢の中に、そのお棺を見たところが中にその佐田恵美子さんが入っておられるのを見てから、あちらの娘さんが卒倒された、というお知らせを頂いておられたそうです。それが告別式の最中に倒れなさった、ね。けれども御親戚にお医者さんがおられて一緒にそこに会葬しておられたから、おかげを頂いて注射か何かなさったんでしょうかね。すぐ、おかげを頂かれた、という。も神様の筋書通りにね。その事が運んだ、という言うのです、ね。
網さんが帰りにもう感動いっぱいで言われた言葉は“若先生、これからも網の家にです。おきてくる、どういう修行でも神様の修行なら受けさせて頂きます”という事が最後にお礼を言われた言葉だったそうです。
もう、こんな悲しいこと、こんなきつい事は、というのではなくてです。どういう例えば修行でも神様のそれがお計らいである事ならば受けさせて頂きます。その事を親先生にお取次願います、と言うのが最後のさよならをする時の網さんの言葉だった、という事を、ま、夕べ聞かせて頂いたんですけれども。言うならばどういう事になるか、と言うとすべて、どういう事であっても合楽理念をもって頂きます。天地日月の心になる事につとめます、ということ以外にないと思うです。合楽の場合は只合楽理念のすべてがこの天地日月の心になる、という天地日月の心の中から言わば教えられておる事ばっかりだと思うんです、ね。それがたまには嘘になったり、ね。たまには人非人的に非道徳的に本当に情も、なさけもない事だろうか、と言うようなところもあるけれども、それは必ずそのどれにでも超人情であり、
超道徳であり超常識である。合楽の場合はね、ここんところを大体、体得しなければだめです、ね。
そこんところをですね、人から笑われても神様から笑われちゃならん。皆さんは人から笑われんごつばっかり思うとる。
そりゃそうです、笑われんごつせなでけんけども、事ここと言う時にです、ね。言うならば、それがいつもかつもじゃない。人間じゃから、そりゃ人間らしい行き方、人間誰からでも尊敬され、ね。言うならば愛される私共にならなければならん事は勿論です。けれどもね、段々信心をすすめておると、ここは人力じゃだめだと、ね。人智では駄目だ、と。ここをこうすりゃ人から人非人とと言われたり、笑われたりする事もあろうけれども神様から笑われちゃならん、という行き方をさせて頂かないとですね。言うなら超がつくようなおかげになってこんです、ね。合楽の場合は言うならば超真理が説かれておる。だから皆さんもです。超がつくようなおかげを頂くために、いよいよ合楽理念の行為になり切らなければいけない、という事ですよね。 『どうぞ』